12.山椿

<平成3年3月21日>

 寒期から春にかけて花の乏しい季節に、わが家の庭に灯りを点してくれる山椿。
 春雪をかぶって凜と咲く風情は、特にすばらしい。
 山椿は私の好きな花の一つである。
 思いがけないところでハッとする美しい山椿の微笑に出逢うと、昔なじみの友達にでも突然出逢ったような気分になる。不思議な魅力を持つ花である。
 数年前に熱海少年少女合唱団の創立20周年の為の合唱組曲を委嘱され、詩の取材の時に出逢った山椿は、特に印象が深い。
 郷土史家の山田兼次氏と商工会議所の鈴木則雄氏に案内を戴いた。
 ニューフジヤホテルの新館脇の人気のない道路沿いに、昔の凄まじさはないが、間歇(カンケツ)泉(セン)“大湯”の名残の蒸気が、かすかな噴煙をあげていた。
 その傍の二基の古い立派な石碑の前に、目にしみる真赤な山椿の花束がさしてあった。
 その碑は万延元年(1860)初代の英国公使オルコックが熱海に滞在中、愛犬トビーが大湯の熱湯にふれ、大火傷をして死亡した。
 僧侶や宿の主人、村人達が線香や花や水等供えて、懇ろに葬ったと言う。
 この暖かい好意がオルコックをいたく感動させて、日本人に対する認識を改め、惜しみなく日本のために尽したと言う。
 二基の碑前には今なを山椿や季節の草花が、堪えることがないと言う。
 当時の日本人の意識や生活状態のなかで、こんなに暖かくやさしい愛の心があったことに感動している。