3.真夜中の演奏会
<平成4年8月30日>
八月の中旬から下旬にかけて、毎晩あぶら蟬の大合唱がはじまる。
むかし住宅地には街路灯がなく、家庭の灯りも淋しいものだった。従って月のない夜など、真っ暗闇だった。
晝と夜の明暗が、はっきりしていたものだ。
その頃蟬の真夜中の演奏会は全くなかった。
ところが今は街路灯が明かるく、各家庭からもれる灯りで真夜中も明るい。
そこで蟬は、短い生命を惜し気もなく燃焼して、晝も夜も鳴いている。
七年も八年も地中生活を送り漸く明るい地上に出て、約一週間の生命と言う蟬。夜まで鳴いていたら、生命が縮むのではないかと思い、わが家の四つの外灯を消すことにした。
その結果、効果はてきめんだった。然し街路灯や各家庭の灯りが明るいので、蟬は移動して鳴いてはいるが、確実に夜の演奏会は半減したようだ。
過日取材で、ある新聞社の若い記者と庭に出た時、欅の大木に忍者のように、蟬がびっしりと止っていた。
私は、パッと素手で、蟬を捕った。
ジージーと悲鳴をあげる蟬を、すぐ放してやったが、若い記者は驚き且、あきれていた。
瞬間の出来事に、野生育ちがバレて了ったが、手の平をくすぐるあの感觸が、少女の頃を思い出させた。
短い夏の友達を、緑と共に未来へと伝えたいと、心から願った。欅の枝で突然ミンミン蟬が鳴きだした。
“初秋の列車”がやって来る使者がきたのだと思った。