6.シキミの花
<平成5年3月14日>
如月の二八日、朝の雨がやんでまさに「早春賦」の、春は名のみの風の寒さやの文句を思わせる日だった。
この日親族の一周忌があり、法要のあと墓参をした。高津区の界隈では大変珍しいうち墓である。と言っても通じない人の方が多いのではないかと思う。
屋敷のなか或は近くに、何々家一世帯の先祖代々の墓があるのだ。
広い立派なその墓地は、こんもりとした常緑樹に囲まれ、大きな見上げる木に無数のこまかい薄浅黄(うすあさぎ)の花が満開だった。
それはめったに見かけないシキミの花だった。
榊(さかき)は神さまに供える木で、梻(しきみ)《注:原文は「木」ヘンに「仏」》は仏さまに供える木である。シキミはモクレン科に属し、匂いがきつくそのうえ有害植物だそうだ。
昔土葬だった時代にシキミを墓地に植えたのは、その匂いを嫌う狼から墓荒らしを防ぐためだったと言う。
田園都市線や小田急沿線が開発される以前、その辺りはうち墓が多かった。常緑樹に囲まれて季節には、真赤な山椿が無数に落ちて、地面を飾っていたのが印象的だった。
近年東京周辺の都市では墓地の需要が激増し、その意識も多様化して、やがて公の霊園では一定の規則のもと、撒骨が認められる新たな埋葬形態まで導入される日もくると言う。
時の流れは総てを変えていく。その中で緑のうち墓は貴重な存在である。
風にそよぐシキミの花は清々しい早春の色だった。