13.苺の思い出
<平成3年5月23日>
五月の風が、まぶしい新緑をそよがせる頃、苺がもっとも美味となる。
なんと言っても昔ながらの露地栽培は、季節の自然の味を、たっぷりと与えてくれる。
私が少女の頃、家で苺の露地栽培をしていた。早朝の苺摘みは、爽やかな風と、指先にふれる朝露が、とても快よかった。
いつもいちばん赤い大きなのを、決って二三個たべたものだ。
香りと味と美しさ、苺は五月のかわいい王女さまだ。
私は毎朝、苺摘みを楽しんでいた。
女学校の友達に、「家で採れたのよ」と言って、自慢に二三個づつ配ったのを思い出す。
それは五月も終わりの、ある日曜日の朝だった。いつものように苺摘みをしていると、今までに経験のなかった体調の変化をふと感じた。
それが何であるのか、全く気付く筈もなかった。
帰宅して暫くしてから、はじめて気がついた。初潮が訪れたのだった。
少女の私は、わけの解らないショックで、一日中ふさぎ込んでいた。
いま苺にミルクと砂糖をたっぷりかけて甘ずっぱさを味わい乍ら、ふと遥かなその日を思い出した。
あまりにも遠い幾年月。
自分しか歩けない、自分色に紡いだ人生の旅を、自問自答しながら。
遠い日の苺畠の思い出は、再び訪れることの筈のない、甘ずっぱい少女の香りなのだ。