1-2 ユトリロの絵のなかで ~花衣

午前五時
青味がかった 霞に包まれた
晩夏の モンマルトルの丘

わたしは
ユトリロの 絵のなかを歩く

露路の屋根から 鳩の鳴声が聞こえる

夜遊びに疲れた 黒猫が
遠慮がちに 家路にいそぐ
鼠が一匹 ゴミ箱から走り出し
下水の中に かくれる
靑い作業服の 清掃夫が
ベンチに坐って 箒を修繕している

吐く息が白く 指先が冷たい
肌寒い モンマルトルの丘

わたしは 歩く
ラクダのショールの ぬくもりを
やさしく 感じながら

ユトリロの絵で おなじみの
サクレクール寺院を
テルトル広場を
モンスニ通りを
コタン小路を
サン・リュスティック通りを
ふと足をとめる なつかしい家
わたしの部屋に 長い間かけてあった
思い出のしみた あの
ミミバンソンの 家

ユトリロの 絵のなかをあるく

坂道で知り合った
耳長の黒い犬と いっしょに
陽が昇る
青味がかった 霞が
薄薔薇いろに 染まる
露路の 小さな窓が開く

灰色の 石畳に
わたしの靴音が ひびく
コツコツコツコツ コツコツ・・・・

【朗読】
  ユトリロの絵のなかで
    朗読:大森 寿枝

【メモ】