1-7 ラ・セーヌ ~花衣

川面をみつめる 旅人
犬を散歩させる人
読書にふける人
編物をする人
抱擁している 幾組もの恋人達
日光浴をする人
釣りをたのしむ人
キャンバスを立てる人

背中をまるめて 新聞を読む人
居眠りをする人
足を投げ出して
葡萄酒を ラッパ飲みしてる
浮浪者(クロシャール)

わたしは
セーヌの流れに 心を浮かべる

思えば
セーヌと共にあった
わたしの 青春

思い出は
滑り出した 橇(そり)のように
「時」をさかのぼる

遙かな昔
東京渋谷の空の下を 流れていた
わたしの店
純喫茶 ラ・セーヌ

パリと言う名の
美しい 牝のペルシャ猫
ユトリロの パリの街角の絵
コーヒーの 匂い
シャンソン
籠の中の ブルーカナリヤ……

芸術家 学者 新聞記者 医者
先生 学生 商人 タレント……
さまざまな 人達が訪れた
ラ・セーヌ

時には 薔薇につつまれて
時には 嵐にたたかれて
時には 激流に投げ出され
十年の歳月を セーヌにゆだねた
わたしの青春

そして
人生という 船の進路を変えて
セーヌの 幕を閉じたのは
七月十四日

この日から
わたしにとっても
革命記念日となった パリ祭

思い出は
喜びと 悲しみを抱いて
暖かくやさしく ほろにがい
コーヒーの味

-たゆたえども 沈まず-

パリの空の下で
セーヌ川を見るめる わたし

華やかに 堂々と浮かぶ
観光船(バトームーシュ)
洗濯物を 風になびかせて
通りすぎる オランダ船

セーヌは
今日も 流れる

さまざまな 人間模様の
光と影を うつして

ラ・セーヌ 挿絵
ラ・セーヌ 挿絵:芳賀力

【朗読】
  ラ・セーヌ
    朗読:大森 寿枝

【メモ】