10.白馬の海で
<平成5年11月14日>
風の吹く日は海原(うなばら)を、白馬(はくば)の群がかけめぐる―
一年ぶりで訪れた伊豆の網代(あじろ)の海は、午後から波が高く対岸の初島辺りから、白馬の群が打ち寄せていた。
居間から眺める初島は、一年前は緑一色の島だった。
ところが純白の大きな客船のような建物が、景色を変えていた。
二十年まえ庭に自生した小さな樟の木は、この一年の間に特にめざましい成長をして私を迎えてくれた。
庭続きのみかん畑には、色づき初めた無数の実が金色にひかっていた。
一緒に連れて行った家族の猫と九官鳥を留守番に残して、犬二匹と散歩に出かけた。
まだ鉄道のなかった昔、徒歩で熱海から伊東に抜けたと言う山道を歩いた。
ツワブキの群落が黄色の花の波をゆらし、晩秋の景色を一際美しく彩っていた。
それにしてもなんと光沢のある大きな美しい葉。一名ツヤブキとはなる程と思った。
かつて私の好きだった赤松と黒松の見事な樹林の山は、無残な枯木の墓場と化していた。
散策のあと久しぶりの温泉は、肌にやさしい母のぬくもりだった。
居間から眺める夜景は、いか釣り船のあかりが、流し灯籠のように静かに浮かんでいた。
対岸の初島にも灯りの花が咲いていた。
この美しい私のサンクチュアリで、過ぎ去った歳月のなつかしい糸をたぐっていた。