3.身近な昆虫たち

<平成元年9月20日>

 夏から秋にかけて、わが家の裏庭にある物ほし竿の下側に、行儀よく一列に並んで、羽を休めているウスバカゲロウを見かける。
 イトトンボに似た小型の細いトンボと思えば、アアあれかと想像がつくと思う。
 ウスバカゲロウの幼虫はあの有名な恐ろしいアリジゴクの主である。砂状の乾いたすり鉢に蟻とか虫が落ちたら最後、生きては還れない恐ろしいアリジゴクである。
 ところで近頃たいへん図鑑に頼る人の多いのに驚く。図鑑の知識はあっても現実にそのものに出逢った時、一致しないから見過ごして了う。
 カタカナで書いてある昆虫の名前など、勘違いのまま信じている人もいる。知人がウスバカゲロウの名前を知った最初から、ウスバカ、ゲロウつまり薄馬鹿下郎と思い込んでいたのだそうだ。
 カマドウマも夏から秋にかけてよく見る昆虫だ。コオロギに似ていて、脚が長くジャンプ力が抜群だ。カマドのようなうす暗いところにいる馬のような昆虫というわけで、カマドウマと言うわけだ。ところがカマドーマと発音する人が意外に多いのに驚く。
 八月の中頃だったろうか、門前を掃除していた時、七十歳も後半の老婦人が親しげに話しかけた。その人の話によると、私の家の道路に面した樫の木から、タマムシが一度に二匹も落ちてきて、それを持帰ってキウリや桃などをやって一週間程生きていた。その後二匹のタマムシをタンスの中に大事に入れておくと娘や親類の人達から衣裳装を沢山もらい、忽ちタンスがいっぱいになって了った。昔からタマムシをタンスに入れておくと衣裳持になるというのはほんとうだった。これはタマムシのおかげで、つまりお宅さまのおかげですとていねいに頭を下げられて当惑して了った。
 思いもかけないことで喜ばれ、なんと微笑ましい話かと、タンポポのような灯りが、ほっかりと胸に灯った夏の日のひとこまである。

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